正方行列 A が与えられた時、A の固有値の上で定義されるスカラ関数f:z→f(z) は、自然に行列から行列への写像 f:A→f(A)、すなわち行列関数に拡張されます。この行列関数は、単に理論的興味のみから議論されているものではなく、実用上のさまざまな場面で現れます。たとえば、一階斉次の線形連立常微分方程式の厳密解は、指数関数を行列に拡張した行列指数関数(matrix exponential)で書き表され、また、非斉次の場合の解は、合流型超幾何関数を行列に拡張したもので表されます。他にも、線形システムの挙動を観測したデータから、そのシステムの定義を逆算するシステム同定の問題に用いられる行列対数関数や、行列の不変部分空間を抽出するのに使われている行列サイン関数 (sign function) などがあります。

これら行列関数の数値計算においては、通常、計算したい関数専用のアルゴリズムが用いられてきました。代表的な例としては、行列指数関数や合流型超幾何関数の計算に用いられるスケーリング&スクエアリング法、対数関数を計算するための逆スケーリング&スクエアリング法、行列サイン関数用の Denman-Beaversiteration などがあげられます。これらの専用アルゴリズムは、精度・効率ともに優れたものですが、すべての行列関数に対して専用の方法を作ることは不可能であるため、汎用性をもったアルゴリズムの探求も行われきました。代表的な例が、Schur-Parlett 法と呼ばれるアルゴリズムです。

当社社員はこれら行列関数を計算するための、専用/汎用アルゴリズムを研究・開発した経験があります。また、信頼性が高く、かつ実用的に有益なアルゴリズムを作るもっとも単純なアプローチは、計算のフォワード安定性(forward stability) を保証することであるという考え方から、新しいSchur-Parlett 法を開発中であり、また同じ考え方を他の行列計算アルゴリズムに適用し、たとえば、Schur 分解の信頼性を向上させるための、"不完全" Schur 分解を研究しております。当社は、これらの研究・開発で得られた成果そのもののほかに、そこで得られた経験や知見を応用する事によって、世の中の様々な場面に現れる線形代数的な数値計算の効率・信頼性・安定性の向上に貢献したいと考えております。